調達の見直しが必要だと頭ではわかっている。でも、既存の仕入先を切り替えることには抵抗がある——。調達の現場で働く多くの方が、心のどこかでこの感覚を抱えています。
長年付き合ってきた町工場の社長の顔。困ったときに無理を聞いてくれた過去。業界の狭い世界で「切り替え」情報が広まるリスク。こうした人と人のつながりがあるからこそ、調達は単純な合理性だけで判断できない仕事です。
しかし、見直しを先延ばしにし続ければ、いつか経営層から「なぜこの価格で買い続けているのか」と問われる日が来ます。あるいは、仕入先の突然の廃業で調達そのものが止まるリスクもゼロではありません。
本記事で提案するのは、「切り替え」ではなく「並行」という第3の選択肢です。既存の仕入先との関係を壊さずに、もう1社を持つという調達戦略。その考え方と、関係を壊さずに進める具体的なステップを解説します。
調達改善を始めようとしたとき、担当者の多くが直面する心理的ハードルは、実は論理的な判断ではなく感情的なものです。
これらは決して非合理ではありません。調達は継続的な取引関係の中で成立する仕事で、関係性そのものが価値を持っています。問題は、「見直し=切り替え」という二者択一で考えてしまうことにあります。
なお、既存仕入先の完全な切り替えを検討する場合の評価基準・進め方は調達先の見直し——新しい製造パートナーの探し方と選定基準で解説しています。本記事ではそれとは別に、「切り替えずに選択肢を増やす」という視点を扱います。
並行調達とは、同じ部品や類似カテゴリの部品を複数の仕入先に発注する調達形態です。既存仕入先を100%から80%に減らし、残り20%を新しい仕入先に割り当てる、といったイメージです。
大手自動車メーカーや電機メーカーは、重要部品において「デュアルソース」「マルチソース」と呼ばれるこの方式を戦略的に採用しています。単一仕入先への依存がサプライチェーンリスクそのものだからです。
中堅・中小メーカーでも、全量切り替えのリスクを取らずに、部分移管で「次の選択肢」を育てるという考え方が主流になりつつあります。
2020年以降、仕入先の突然の廃業・自然災害・パンデミックによる供給停止は、日本の製造業でも珍しくなくなりました。単一仕入先に全量依存している部品は、調達が止まった瞬間に製品製造そのものが止まります。
並行調達は、「有事の代替先を平時から育てておく」最も現実的なBCP対策です。BCP観点で仕入先を評価する具体的なチェックリストは、仕入先の「BCP対応」チェックリスト——災害・廃業リスクに備える調達戦略でまとめています。
単一取引が長期化すると、価格や品質の妥当性を客観的に検証できなくなります。「こんなものだろう」という感覚的な判断に引っ張られるからです。
並行調達の2社目が存在するだけで、定期的な比較検証が可能になります。これは既存仕入先に対しても「健全な緊張感」を生み、結果として既存先の価格・品質改善を促すケースも多く見られます。
比較検証の進め方の具体的なノウハウは金属加工の見積もり、1社だけで決めていませんか?——比較見積もりの正しいやり方をご参照ください。
仕入先が変われば、提案される工法・素材・設計改善の視点も変わります。既存先が切削中心の加工業者であれば、鍛造やダイカストの提案は出てきにくいものです。
もう1社として異なる工法領域を持つパートナーを持つことで、既存先では見えなかったコスト削減・品質改善の選択肢に気づけるようになります。工法の違いがコストに与えるインパクトは冷間圧造・ダイカスト・MIM・焼結——量産部品の工法選択、正しくできていますか?で体系的に整理しています。
いきなり全品目を対象にすると、既存先が「切り替え前提か」と警戒します。まずは1部品、できれば新規案件や仕様変更予定の部品に絞って始めます。
選ぶ基準は次の3つです。
この伝え方が最も重要です。「他社とも比較します」という切り出しは、関係悪化の最大の引き金になります。
代わりに、「新製品(または仕様変更品)の立ち上げで、社内ポリシー上、今回は複数社から見積もりを取ります」という伝え方であれば、既存先も心情的に受け入れやすくなります。これは嘘ではなく、実際に社内のコンプライアンス方針として「主要部品は複数見積もりを取る」というルールを整備する企業が増えています。
新しいパートナーに対しては、最初から「全量移管ではなく、並行運用が目的」と明確に伝えます。これは双方にとって合理的です。
目安として、既存先70〜80%・新パートナー20〜30%からスタートするケースが多く見られます。
並行期間中は、両社の以下の指標を記録します。
1年運用すれば、感覚ではなく数値で両社を比較できるようになります。
1年後のレビューで、配分を機械的に調整します。両社にその評価基準を事前に伝えておくことで、競争と協力の適切なバランスが生まれます。
このプロセスは、既存先にとっても「評価の透明化」であり、結果として既存先のパフォーマンス改善を促します。
並行調達をいきなり全社戦略として導入しようとすると、合意形成と準備だけで半年かかります。その間に改善機会を逃し続けることになります。
まずは1部品だけ、新パートナーに見積もりを取ってみる。これだけで以下のことが見えてきます。
この情報は、仮に最終的に全量を既存先に残したとしても、調達担当者自身の判断力の引き上げにつながります。「今のままで本当に最適か」を常に検証し続ける組織になれるのです。
YUIFABは東京鋲兼グループが運営する金属・樹脂部品の製造パートナーサービスです。ご相談いただくお客様の多くが、既存の仕入先を持たれた上で「もう1社」としてご相談いただいています。
私たちが既存取引先との関係を尊重できる理由は、サービスの設計思想そのものが「切り替え前提ではない」からです。
既存の仕入先との関係を切る必要はありません。「選択肢を持つ」ということ自体が、調達担当者としての強さになります。
長く付き合ってきた仕入先を大切にしながら、もう1つの選択肢を持つ。この両立こそが、現代の調達における「強さ」です。