試作品は切削加工で問題なく仕上がった。図面通りの寸法、要求通りの品質。ところが量産の見積もりを取ったら、想定の3倍の単価が出てきた——こんな経験はありませんか?
これは調達担当者なら一度はぶつかる壁です。原因は単純で、試作に最適な工法と量産に最適な工法は違うからです。この記事では、試作から量産に移行する際に「工法を切り替える」という選択肢を、具体的なパターンとコスト構造の違いから解説します。
試作と量産では、求められる条件が根本的に異なります。
試作(1個〜10個程度)では、スピードが最優先です。金型なしで、図面さえあれば数日で形になる切削加工が最適解。3Dデータがあれば、meviyのようなECサービスで翌日に見積もりが出ることもあります。
量産(1000個以上)では、1個あたりのコストが最優先です。ここで切削加工をそのまま使うと、「1個作るコスト×個数」でリニアにコストが積み上がります。
一方、金型を使った成形工法(冷間圧造、ダイカスト、MIMなど)は、初期投資として金型費がかかりますが、1個あたりの材料費と加工時間は切削より格段に少ない。つまりロット数が増えるほど、1個あたりの単価が下がっていきます。
具体的な数字で見てみましょう。
ある軸物部品の場合、切削加工だと1個あたり500円。10,000個なら500万円です。同じ部品を冷間圧造で作る場合、金型費が80万円かかりますが、1個あたりの加工費は150円。10,000個なら80万円+150万円=230万円。切削の500万円に対して、半額以下です。
この「逆転するポイント」——損益分岐点がどこにあるかは、部品の形状・材料・工法によって変わります。だからこそ、量産移行時には工法の見直しが不可欠なのです。
量産移行時によく使われる工法切替パターンを4つ紹介します。
対象はボルト、シャフト、ピン、スペーサーなどの軸物部品です。
切削加工では、丸棒から削り出すため、材料の多くが切り粉になります。形状によっては材料の70%が無駄になることも。冷間圧造であれば、金属線材を金型で叩いて成形するため、材料歩留まりが大幅に改善します。
仕上げが必要な箇所だけ二次切削を入れれば、精度も確保できます。目安として、月産3,000個以上でコストが逆転するケースが多いです。注意点は、圧造金型の設計・製作に2〜3ヶ月かかること。量産スケジュールから逆算して、早めに動く必要があります。
対象は、複雑な形状を持つアルミ・亜鉛合金の部品。ハウジングやブラケットなどが典型です。
ダイカストはニアネットシェイプ(最終形状に近い状態)で成形できるため、切削工程を大幅に減らせます。ただし金型費が比較的高く、月産5,000個以上が損益分岐の目安。また、ダイカスト特有の設計制約(抜き勾配、均一肉厚など)があるため、設計段階での調整が必要です。
対象は、小型で複雑な形状のステンレス・鉄系部品です。
MIMの最大の強みは、切削では不可能な複雑形状を一体で成形できること。組立工程の削減にもつながります。ただし金型費に加え、焼結工程があるため初期投資は大きめ。月産10,000個以上が現実的なラインです。焼結時に10〜20%収縮するため、その分を見込んだ金型設計が必要な点も押さえておいてください。
対象は、板状・箱状の部品。カバー、ケース、ブラケットなどです。
プレス加工は材料の無駄が少なく、生産速度が非常に速い。切削で一塊の材料から削り出すよりも、板材を抜いて曲げて溶接する方が、はるかに効率的なケースがあります。月産1,000個以上で検討の価値あり。金型費も他の成形工法に比べて比較的安価です。
| 切替パターン | 適した形状 | 損益分岐ロット目安 | 金型費目安 | 金型リードタイム |
|---|---|---|---|---|
| 切削→冷間圧造 | 軸物(ボルト、ピン等) | 月産3,000個〜 | 50〜150万円 | 2〜3ヶ月 |
| 切削→ダイカスト | 複雑形状(ハウジング等) | 月産5,000個〜 | 200〜500万円 | 3〜4ヶ月 |
| 切削→MIM | 小型・複雑形状 | 月産10,000個〜 | 100〜300万円 | 3〜4ヶ月 |
| 切削→プレス+溶接 | 板状・箱状 | 月産1,000個〜 | 30〜100万円 | 1〜2ヶ月 |
※金額・ロット数はあくまで目安です。形状・材料・精度要件によって大きく変動します。
「量産では工法を変えた方がいい」と頭では分かっていても、実際に切り替えるのは簡単ではありません。よくある3つの壁と、その対処法を整理します。
試作で品質承認を得た図面を「変えたくない」という心理は、設計部門にとっては当然のことです。試作で確認した品質が量産で再現できる保証がないなら、リスクを取りたくないのは合理的です。
対処法は、「図面を変える」のではなく「作り方を変える」と説明すること。機能仕様(寸法、強度、表面性状)は変えず、製造方法だけを変えるアプローチです。もし公差の見直しが必要な場合は、「この公差を0.05mm緩和すると、単価が30%下がる」のように、コストインパクトを数字で示して設計者と対話してください。
調達担当者が切削・圧造・ダイカスト・MIM・プレスのすべてに精通しているケースは稀です。知らない工法は選択肢に入らないため、結果として「切削で作れる工場をもう1社探す」という発想になりがちです。
ここが、工法を横断的に提案できるパートナーの価値です。「この部品なら、圧造の方が合理的ですよ」という一言が、コスト構造を根本から変えることがあります。
見落とされがちですが、試作工場と量産工場は別物です。試作工場は少量多品種の柔軟さが強み。量産工場は大ロットの効率が強み。試作工場に量産を無理に依頼すると、コストが合わない・納期が長いという問題が起きます。
最初から「試作はA社、量産はB社」と使い分ける前提で計画を立てるのが理想です。量産工場の開拓が難しければ、調達コンシェルジュに工場マッチングを依頼するのもひとつの手です。
量産化を検討する際に、以下の項目を確認してください。
試作と量産は「同じ部品だが、別の仕事」です。
試作で成功した工法が量産でもベストとは限りません。工法を切り替えることで、コスト30〜70%の削減が実現するケースは珍しくありません。逆に、試作と同じ切削で量産を続けるのは、多くの場合「最もコストがかかる選択」です。
ただし、工法切替の判断は部品ごとに異なり、形状・材料・ロット数・精度要件の組合せで最適解が変わります。だからこそ、複数の工法を横断的に比較できる専門家に相談する価値があるのです。